「鬼毛箒」 鬼毛箒・本鬼毛箒・総本鬼毛箒の違い■【棕櫚箒】本鬼毛箒の一覧はこちら。 / ■【棕櫚箒】鬼毛箒(タイシ箒)の一覧はこちら。
 

「鬼毛箒」 - 鬼毛箒・本鬼毛箒・総本鬼毛箒の違い -

「おにけほうき」 - おにけほうき・ほんおにけほうき・そうほんおにけほうき のちがい -

 

1.現在「鬼毛箒」という名前が付く棕櫚箒には、品質・製法の異なる「鬼毛箒」「本鬼毛箒」の2種類があります
(=「鬼毛箒」「本鬼毛箒」は同一の箒だと誤解されることが多い。その最大の違いは棕櫚繊維の品質)

2.本鬼毛箒の原料「鬼毛」「タチケ」は、棕櫚木にとっては「背骨」のような役割の特別な繊維
3.元々、鬼毛箒はどうして作られるようになったのか?
4.2012年、はじめて鬼毛・タチケを1本ずつ集めるところから「本鬼毛箒」を実際に製作してみました
5.実際に本鬼毛箒を製作する中で、鬼毛箒が作られるようになった理由を想像

 

このページでは、棕櫚箒の中でも最上質品として知られる「鬼毛箒」についてご紹介します。昔から「一生に3本あれば足りる」といわれるほど長持ちし、もし多少傷んでも修理をしながら長く愛用できる棕櫚箒が「本鬼毛箒」です。また「鬼毛箒(タイシ箒)」は「本鬼毛箒」に次ぐ耐久性があるといわれています。もし、棕櫚箒の修理をしながら長く使いたいとお考えの場合は「本鬼毛箒」または「鬼毛箒(タイシ箒)」をお求めください。

以下「鬼毛箒」に関して、おそらくはじめてお伝えする情報を含め詳しくご説明します。師匠の桑添勇雄さんから伝え聞いた「鬼毛箒」にまつわる貴重な話をまとめたものです。私一人の中に収めていてはいずれ消えてなくなってしまう情報ですし、古来本来の鬼毛箒がどんな箒だったのか、熱心な棕櫚箒ファンの方々と情報共有できれば嬉しいです。

私が2012年に独り立ちすると決まった当初から挑戦を続けてきた事のひとつに「本鬼毛箒=本物の鬼毛箒作りの復活」があり、それが他の鬼毛箒作りとどう違うのかも含めて、私が受け継いだ「伝統的な和歌山県野上谷の棕櫚箒作り」という仕事がどんなものなのか、少しでもご紹介できればと思いました。また、2017年以降は従来通りの「本鬼毛箒」「皮箒」に加えて、「鬼毛箒(タイシ箒)」の製作も承っています。

このページは専門的な言葉が出てきて分かりにくいかもしれないのですが、「日用品・荒物雑貨」という言葉だけではくくれない一面を持つ棕櫚「鬼毛箒」の奥深さが伝わればと思います。

 

1.現在「鬼毛箒」という名前が付く棕櫚箒には、品質・製法の異なる「鬼毛箒」「本鬼毛箒」の2種類があります
(=「鬼毛箒」「本鬼毛箒」は同一の箒だと誤解されることが多い。その最大の違いは棕櫚繊維の品質)

昔から和箒の中で最も長持ちするといわれ、嫁入り道具として使われるなど、棕櫚箒の最上質品として高値で取引されてきた「鬼毛箒」という箒。当店でも、お客様から強い憧れや期待を抱いてご依頼いただくことが多く、お届けした鬼毛箒を大変喜んでくださることも多く、特にやりがいを感じている箒のひとつです。

お客様とのやりとりの中で気になる言葉をいただくことがあります。「よそで見た鬼毛箒は、若い頃に見て憧れた鬼毛箒とは全然違う。長年探し続けてきたが、もうあの頃見た箒は作られていないと諦めていた。やっと見つけたと思った」「長年鬼毛箒を使っているが、届いた鬼毛箒は見た目も掃き心地も全然違う。これまでの物よりもっと掃きやすくて驚いた」というようなお声です。
 

「鬼毛箒」と「本鬼毛箒」の違い

ここ数十年間、一般的に「鬼毛箒」として作られ流通している棕櫚箒と、当店で2012年から製作している「本鬼毛箒」には大きな違いがあり、昭和中頃までそれぞれは明確に区別され、別の名前「タイシ箒」と「鬼毛箒または本鬼毛箒」として流通していた別種類の棕櫚箒でした。

どちらも棕櫚繊維を束ねた箒ですが、最大の違いは主原料の棕櫚繊維の品質(未選別の上質な棕櫚繊維か、1本ずつ手で選別した本物の鬼毛か)で、それにより掃き心地・耐久性・美しさ・製法・製作時間などが違い、それぞれ価格帯もまったく異なっていました。

「鬼毛箒(タイシ箒)」と「本鬼毛箒」は、製作側からするとまったく別の箒なのですが、名前も見た目も似ているためか混同され、その違いについて長年はっきりと語られることもなかったために、今現在の誤解や混乱を招いているように思います。

鬼毛箒(タイシ箒)と本鬼毛箒比較画像 鬼毛箒(タイシ箒)と本鬼毛箒比較画像2

■主原料の違い「本鬼毛箒」

本鬼毛箒画像

今となっては「本鬼毛箒(ほんおにけほうき)」という名前自体、初めて聞く言葉かもしれません。かつて、棕櫚箒のうち最も高品質で耐久性があるといわれた「本鬼毛箒」という名前の鬼毛箒があったのですが、 昭和40年代以降ここ数十年は原料が入手できず滅多に作られなくなり、将来も製作不可能といわれていました。
そこで当店では、1本の箒を作るのに必要な数千本から一万本以上の「鬼毛(本鬼毛・タチケ)」という特別耐久性のある上質な棕櫚繊維を1本ずつ手で抜き集める伝統製法を再現し、通常の「鬼毛箒(タイシ箒)」の数倍の手間と時間をかけて、一旦途絶えていた古来本来の「棕櫚本鬼毛箒」作りを続けています。今となっては他に本鬼毛箒を製造している所はありません。

「本鬼毛箒」の主原料は「太く硬い上質な棕櫚繊維から、1本ずつ手で選別し抜き集めた本物の鬼毛(本鬼毛・タチケ)」ですが、箒の束の内側・芯には、ごく少量の未選別の太く硬い上質な棕櫚繊維(タイシ)も使います。 1本の「本鬼毛箒」に必要な鬼毛は数千本から1万本以上で、それを上質な棕櫚繊維(タイシ)の中から選別して手で1本ずつ抜き集めて作ります。「本鬼毛箒」はコシのある掃き心地で扱いやすく美しく、昔から「一生に3本あれば足りる」といわれる耐久性があり最上質の棕櫚箒といわれています。上等な「本鬼毛箒」ほど鬼毛(本鬼毛・タチケ)の量が多く、鬼毛の使用量によって価格差・品質差がありました。

箒の棕櫚繊維すべてを手選別した鬼毛(本鬼毛・タチケ)で作る棕櫚箒には、別に「総本鬼毛箒」という箒があり、「本鬼毛箒」よりも耐久性がある上質な棕櫚箒とされていましたが、これは「本鬼毛箒」の数倍の手間と製作時間が必要なため価格も高く、師匠が「生涯で作ったのは2本だけ」というくらい、昔から滅多に製作される箒ではありませんでした。一部の人々や富豪以外は目にすることもない別格の箒だったと思われ、「総本鬼毛箒」はほとんど知られていませんでしたので、一般的には最上質の棕櫚箒といえば「本鬼毛箒」のことでした。

同量の棕櫚繊維・鬼毛の比較「同量の棕櫚繊維・鬼毛の比較画像」→この画像について、詳しくはブログをお読みください(2017年1月23日の記事です)

 

■主原料の違い「鬼毛箒(タイシ箒)」

鬼毛箒(タイシ箒)画像 「鬼毛箒(タイシ箒)」はここ数十年間は一般的に「鬼毛箒」の名で作られ流通している箒で、2012年以降に当店で製作してまいりました「本鬼毛箒」とは品質・製法が異なります。
「鬼毛箒(タイシ箒)」の主原料は「100%未選別の太く硬い上質な棕櫚繊維(タイシ)」です。
「鬼毛箒(タイシ箒)」は鬼毛箒という名前ではありますが、実際には「1本ずつ手で選別し抜き集めた本物の鬼毛」を使って作られているわけではありません。未選別の棕櫚繊維のことを「タイシ」といい、上記の「本鬼毛箒」の芯にもごく少量ですが同じ上質な棕櫚繊維(タイシ)が使われています。 選別していない上質な棕櫚繊維(タイシ)には鬼毛以外の棕櫚繊維や多少短い繊維も多く含まれますが、元々いくらか本物の鬼毛(本鬼毛・タチケ)も含まれていて、皮箒と比較すると「鬼毛箒(タイシ箒)」は全体として繊維が太くコシもありしっかりとした掃きやすい箒になります。
上質な「鬼毛箒(タイシ箒)」は「本鬼毛箒」に次いで掃きやすく、長持ちするよい箒といわれています。

同量の棕櫚繊維・鬼毛の比較「同量の棕櫚繊維・鬼毛の比較画像」→この画像について、詳しくはブログをお読みください(2017年1月23日の記事です)


■耐久性の違い

耐久性は、「本鬼毛箒」は昔から「一生に3本あれば足りる」といわれ20年以上(修理をすればそれ以上)といわれており、「鬼毛箒(タイシ箒)」は原料繊維の違いから「本鬼毛箒」ほどの耐久年数はないとされ15年程〜長くても20年程ではないかといわれています(箒の耐久年数は、ご使用状況や保管状況により大きく変わります)。

■使用感・見た目の美しさの違い

掃き心地は、コシ・弾力のある本物の鬼毛(本鬼毛・タイシ)が主原料の「本鬼毛箒」の方が穂先にコシやバネのような弾力があり、「鬼毛箒(タイシ箒)」は本鬼毛箒ほどではありませんが「皮箒」と比べると穂先にコシがあり、いずれも掃きやすく使いやすい箒です。見た目の美しさは、双方を並べて見比べると、さすがに手選別の本物の鬼毛(本鬼毛・タイシ)が主原料の「本鬼毛箒」の方が美しく、穂先が綺麗に整っています。

■修理して長く使うことができます

「本鬼毛箒」も「鬼毛箒(タイシ箒)」も修理可能です。もし多少傷んでも修理をして、穂先がすり減るまで長く使うことができます。

■タイシ箒が「鬼毛箒」とよばれるようになった経緯

「タイシ箒」の名称が「鬼毛箒」と混同されて使われるようになったのは、「本鬼毛箒」がほとんど作られなくなってしまった事が一因にあります。
和歌山では昭和40年頃に棕櫚産業が衰退し棕櫚皮の生産が終わると、それまで山村農家の内職としてあった本物の鬼毛(本鬼毛・タチケ)を抜き集める仕事もなくなり、箒職人はここ数十年間は滅多に鬼毛(本鬼毛・タチケ)を入手できなくなり、本鬼毛箒の製造はほぼ出来なくなっていました。昔から棕櫚箒職人と、原料の棕櫚皮を採取・売買する人は別で、完全な分業でした。
しかし問屋からは上質な鬼毛箒の製造を求められ、やむなく本鬼毛箒に似せた「上質なタイシ箒」(手で選別された「鬼毛(=本鬼毛・タチケ)」ではなく、未選別の上質な棕櫚繊維を束ねた箒)を作るようになりました。
職人は「タイシ箒」として安く卸しましたが、流通過程でいつの間にか名前だけが変わり、店頭に並ぶ時には同じタイシ箒が「鬼毛箒・本鬼毛箒」の名前で売られるようになりました。中間業者が故意に騙して儲けようとしたのか、本当にタイシ箒と本鬼毛箒が同じ物だと勘違いしたのかは分かりませんが、箒を安く仕入れて高値で取引したい商売人根性がそうさせたのだろうといわれています。
上質なタイシ箒は掃きやすく10年以上の耐久性があり、高品質の棕櫚箒として認められていきました。「本鬼毛箒」はほとんど作られなくなったため市場に出ることはなく、やがて上質な「タイシ箒」が最上質の棕櫚箒「鬼毛箒」として認識されるようになり、現在では「鬼毛箒」の名前でタイシ箒が製造・流通しています。 

 

2.本鬼毛箒の原料「鬼毛」「タチケ」は、棕櫚木にとっては「背骨」のような役割の特別な繊維

棕櫚皮の画像

棕櫚木の皮を剥いてそのまま束ねて作る「皮箒」や、未選別の上質な棕櫚繊維を束ねて作る「鬼毛箒(タイシ箒)」とは比較にならないほど、本鬼毛箒の製法は大変な手間と大量の棕櫚皮(または皮をほぐした棕櫚繊維)が必要です。

言い伝えられている昔の本鬼毛箒の作り方は、棕櫚皮1枚を構成する数百本の棕櫚繊維のうち、皮の両側に5〜10本程度ある最も太く硬く長い強靭な繊維「鬼毛」と、鬼毛の近くにあり鬼毛に準ずる性質を持つ特別太く硬い「タチケ(漢字表記不明)」という繊維を、棕櫚皮の中から1本ずつ手で抜き、箒1本分の量を集めて作ります。鬼毛とタチケは「太い」といっても、直径1mmあるかどうか。箒1本分の繊維となると数千本〜1万本以上もの膨大な本数を抜き集めなければならず、1枚の皮から鬼毛・タチケは5〜10本採れるとしても大量の棕櫚皮が必要になります。
高値で取引されていた鬼毛・タチケの選別は、山村農家の内職だったほか、明治以降は棕櫚紐業者が製紐時に抜く鬼毛を集めて売買することもありました。鬼毛とタチケを抜いた後の皮には細く柔らかい繊維しか残りませんので、その後の皮の利用方法は限られてしまいます。


棕櫚業界では明確に区別され高値で売買されてきた「鬼毛」「タチケ」ですが、それらがどうして他の棕櫚繊維よりも強靭で特別なのか。それは棕櫚皮や「鬼毛」「タチケ」が植物である棕櫚木にとってどういう役割を持っているのかを観察すると分かってきます。

上の画像が棕櫚の皮です。棕櫚皮はタケノコの皮に似た形をしています。画像のような茶色く細い繊維でできた薄い織物のような皮が幹に1周巻き付いていて、それが角度を変えながら木の幹の下から上まで重なっています。
基本的に棕櫚皮1枚ごとに、長い1本の茎とその先に大きく放射状に広がる葉が付きます。(画像の棕櫚皮は、皮に付いていた葉茎を切り離して開いてある状態です。下の方が幹に付いていた部分で、上のモジャモジャした毛が、木の幹表面に見えていた部分です。)
棕櫚の茎は長さ1〜1.5m前後にまっすぐ伸び、葉の直径も1m程度で、水分を含みかなりの重量があります。
葉茎は成長すると自重で斜めに垂れます。その重たい茎と葉を支えているのが、幹に巻き付いている1枚の棕櫚皮です。
その1枚の皮を形成する棕櫚繊維の中には、木の幹と茎を直接繋いで支えている重要な繊維が数本あり、その繊維は他よりもずっと太く丈夫に出来ています。
その幹と茎を繋ぐ太い繊維が、鬼毛やタチケとよばれている繊維です。
つまり棕櫚皮を構成する他の繊維と違い、棕櫚木にとっては幹と葉茎を強固に繋げる特に重要な構成要素となっている繊維です。嵐の中でも葉茎がちぎれないよう要になってる、しなやかで強靭な繊維です。
これが、鬼毛・タチケがその他棕櫚繊維よりも太く強く特別な耐久性があるという話の根拠です。

 

3.元々、鬼毛箒はどうして作られるようになったのか?

本鬼毛箒画像

実はそもそも「鬼毛箒」が作られるようになった理由や時代ははっきりしていません。
現在調査中ですが、江戸時代初期〜後期の絵画に登場する棕櫚箒は今のところ棕櫚「皮箒」ばかりなので、絵師が目にしたことがなかったのか、江戸時代中頃にはまだ作られていなかったのかもしれません。あるいは昭和まで棕櫚箒は京都を中心に西日本で使われてきたものでしたから、京都では昔から鬼毛箒も作られていたのに資料が残っていないだけかもしれません。

唯一確かな話としては、師匠の若い頃(昭和20〜30年代)和歌山県野上谷地域では鬼毛箒を作る老職人がいたという話。その老職人の年齢から推測すると、少なくとも野上谷では江戸時代後期には鬼毛箒が作られていたと考えられます。
昔の物流や人の流れ・箒の形状を比較しても、野上谷の棕櫚箒作りの技術は京都から伝わったものと考えるのが自然です。しかし何か証拠が残っているわけではありません(鬼毛箒の起源についてご存知の方、ぜひ情報提供お願いします)。


床を掃除する目的だけなら棕櫚皮箒でじゅうぶん綺麗に掃けるのに、どうしてわざわざ大変な手間をかけて鬼毛箒という棕櫚箒が生まれたのか、起源について確かな答えは師匠にも「分からない」ということでした。
大量の棕櫚皮から数千〜1万本以上の鬼毛やタチケを抜き集めてまで1本の棕櫚箒を作った動機はなんだったのか、その製作には一体何日かかるのか、本当にそんな鬼毛箒が作られ続けていたのか、弟子入り後しばらくは不思議に思っていました。今は何となくその答えを推測できるようになりました。

私が弟子だった当時の師匠は、「鬼毛箒」といえば通常は上質な「タイシ箒」を製作し、たまに本鬼毛が入荷した特別な時にはタイシ束の表面に本鬼毛を巻いた「本鬼毛箒」を製作していました。本鬼毛は数年に1度、一抱え程度の束になって不定期に入荷することがありました。近隣の棕櫚紐製造業者が、棕櫚紐の製造過程で抜き取った鬼毛を集めたものでした(現在では鬼毛が入荷することはなくなったそうです)。
元々、棕櫚箒を作る職人と、原料の皮や鬼毛を採取・売買する仕事は分業だったこともあり、師匠は「箒を作るのに手いっぱいで、自分で鬼毛を抜き集めたり揃えたりしたことはない。自分で抜き集めて作ったら、箒1本作るのに何日かかるか分からない」とのことで、自身の手で鬼毛を抜き集めた本鬼毛箒を作った事はない、とのことでした。本鬼毛を持ち込む業者になるべく毛先を揃えて束ねるよう頼んだり、若い頃は師匠の奥様が鬼毛の毛先を揃えて下準備していたという話でした(師匠の奥様も箒職人として一緒に働いていました)。私は、抜き集めた本鬼毛の束の毛ごしらえ(下準備)の方法や、繊維の揃え方は師匠の奥様から教わりました。本鬼毛箒の製法は師匠が作っているのを何度も見て覚えました。
修業期間、いつかは本鬼毛箒を作らせてもらえるかもしれないと思っていましたが、たまに入荷する貴重な本鬼毛はすべて師匠が使いますので、弟子の間はタイシ箒しか作ったことがありませんでした。修業中に鬼毛を1本ずつより分ける作業をする時間はなく、自宅に帰ってから鬼毛やタチケを抜き集める練習をしました。

 

4.2012年、はじめて鬼毛・タチケを1本ずつ集めるところから「本鬼毛箒」を実際に製作してみました

本鬼毛・タチケの選別作業画像

2012年、独立に向けた準備期間に最初に作った箒が11玉の本鬼毛長柄箒です。
一人で、1本の本鬼毛を抜く工程から、抜き集めた鬼毛を本鬼毛箒に加工するまでの全行程をやってみました。
私には鬼毛・タチケをより分けてくれる内職さんも、不定期にでも出荷してくれる製紐業者さんもいませんし、なにより常に安定して製作できないと価格を決められず販売できないので、自分で1本ずつ鬼毛・タチケを抜き集めるしか方法がありませんでした。
鬼毛・タチケを1本ずつ抜き集める工程から本鬼毛箒を作る、となると師匠もやったことのない事でしたから、完成まで何日かかるか想像もできなかったので、一度挑戦してみてから、今後も継続して作れるかどうか判断するつもりでした。
はじめて作った11玉の本鬼毛箒1本には丸7日間かかりました。そのうち2/3くらいの時間はずっと本鬼毛を抜き集めることに費やしました。本鬼毛を1本ずつ抜き集める作業が3日目に入っても必要な鬼毛の量にはまったく足りず、終わりが見えない修業のような作業だと思いました。「太さが1mmもないような繊維を1本ずつ抜いて集めないと作れない箒なんて普通じゃない。異常だ」とも思いました。
昔の人はどういう気持ちで鬼毛・タチケの選別作業をしたのだろうか、異常だと感じる程こだわって作った理由が必ずある、とは思ったものの、それは何だろうかと想像する日々でした。
出来上がった本鬼毛箒は、それまで作ってきたタイシ箒(=現在一般に流通している鬼毛箒)と比べると格段に美しく、しかもコシがあって掃き心地がさらに良く、さすがに鬼毛1本にまでこだわって作った箒は違う、と伝え聞いていた製法の意味が納得できました。
今は本鬼毛の選別作業に慣れてきて、丸3日間ほどで本鬼毛箒を1本作れるようになりました。

 

5.実際に本鬼毛箒を製作する中で、鬼毛箒が作られるようになった理由を想像

■鬼毛箒の利点のひとつは、穂先から棕櫚粉が落ちないことだが?
これまで、鬼毛箒が作られるようになった理由として挙がる事が多かったのが棕櫚粉の問題。
棕櫚「皮箒」は新品のうちは穂先からどうしても多少の棕櫚粉が落ちてしまうことがありますが、鬼毛箒から棕櫚粉はほとんど落ちません。それは、鬼毛・タチケを抜き出す際、繊維に付着していた樹脂粉はほとんど取れてしまうからです。
しかし皮箒も、数回使用するうちに棕櫚粉はまったく落ちなくなりますし、皮箒が長く庶民に愛用され続けた事実を考えますと、粉については鬼毛箒誕生の動機の一つだと思いますが「新品でも穂先から棕櫚粉が落ちない箒があったらいいな〜」程度の軽い気持ちだけでは、数日がかりで数千〜1万本以上の鬼毛やタチケを抜き集めるほどの動機にはならないように思いました。

■昔は身分や立場によって大きな格差があったので、職人は上から命じられて作った?
将軍や皇族、大名、富豪などの人々と一般庶民の暮らしには大きな格差があり、同じ用途の調度品・衣類・生活用品でも、すべてが庶民とはまったく別格の品だったので、掃除道具も庶民の物とは違う特別な品が求められたのかもしれません。
また庶民は板間やゴザで生活し、身分が高く裕福な人々は畳で生活していたことも関係があるかもしれません。今でも「鬼毛箒は特に畳と相性がよく、使い続けると畳に艶が出る」と伝わっています。仮に新品の皮箒を畳に使った場合、畳の目に棕櫚粉が落ちると大変なことですから、もしかすると元々鬼毛箒は身分の高い人々が住まい・特に畳用にと、手間とお金を惜しまず作らせた箒だったのかもしれない、と想像しました。あるいは「作らせた」のでなければ、職人が自発的に依頼主のために心を込めて作り出したのかもしれません。

■箒職人の厚い信仰心から生まれた?
棕櫚箒作りを続けていると、棕櫚箒はただの生活用品・荒物雑貨ではない一面がある、と強く意識することがあります。格式の高い神社やお寺、特に穢れを嫌う祈りの場など神聖な場所の掃除に、今も棕櫚箒が使われているという事。
あるお宮では毎年棕櫚箒を新調すると聞きますし、お寺や祭壇・神棚にも棕櫚箒が使われています。すべてのものに神が宿るという信仰が根底にあり、場所や物・箒にも神様が宿り、棕櫚箒には汚れだけでなく穢れを払う力がある、と信じられてきたそうです。
日本では今も様々な職種の人が、その年の初物やそれまでで最高の物を神社などに奉納する、という風習があります。もし昔の箒職人が棕櫚箒を奉納したとしたら、きっと製作時間や手間の事は考えずに、特に吟味した鬼毛だけを集めた総本鬼毛箒を納めただろうと想像します。もし自分なら総本鬼毛箒を奉納すると思うからです。
まだ桑添勇雄商店に在籍中に修理のご相談で、仏様が手に持っている珍しい古い棕櫚製の払子(ほっす)の写真を拝見したことがあり、それが本物の鬼毛を集めて丁寧に作られた手間のかかった払子だったので、大いに感動したことがあります。棕櫚皮箒ではなく、1本ずつ厳選した鬼毛だけを集めた鬼毛箒を作ろうという考えの根底に信仰心があったとすれば、細部の鬼毛1本にまでこだわる気持ちが素直に理解できます。



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